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第544回 阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集 2011/12/24 [神戸活動案内]

第544回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集

日時:2011年12月24日(土)午後1時~5時

集合場所、時間:三宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」
・午後1時に701の会議室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709 週末ボランティア代表:東條健司まで


前回の訪問は、参加者6名でした。

第543回 神戸お話伺いメモ 2011/12/10 [2011年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊。西区の仮設住宅を経てこの復興住宅へ入居して11年。これまで何度かの訪問で,ボランティア参加者とも親しくされ,神戸・週末ボランティアの行事にも参加されている。
「何人死にましたか?」などと,「死」という言葉は,胸に刺さるので,使わないでほしい。(東日本大震災もふくめて) 被災者に「お元気ですか?」,「よかったですね」といった言葉をかけてくれるとうれしい。
漠然と「話を聞かせてください」よりも「一緒にお話ししてくれませんか」とか,具体的に「何か教えてください」と言われた方が話しやすい…。この日の訪問では,被災者として体験を語ってきた立場から,お話し伺いに臨むボランティアへのアドバイスや意見をいただいた。

・70代男性,北区で被災。停電や断水はなかった。家が古くなったので,昨年夏,県営住宅を申し込んだところ,1回で当たって,この復興住宅へ。家賃も安く,何も言うことはない。
化学関係の会社を退職し,今は年金生活。時間をもてあまし図書館に通っている。ボランティアにも感心がありそう。

・50代女性,東灘区で全壊。近くの小学校に2~3日避難した後,大阪の親戚宅のマンションで1ヶ月ほど過ごした。足腰を痛め車いす生活だが,内蔵などに悪いところはない。

・90代女性,東灘区で全壊。北区の仮設住宅で4年間過ごした後,この復興住宅へ。身体はどこも悪いところはなく,血圧も安定している。食事も掃除も自分でしている。週4回ほどゲートボール (公認ジャッジの資格も持っている) に行っており,これが元気の源のよう。

・女性。この復興住宅に入居して2年,ここで2人の子どもが生まれ,子育ての最中。インターホン越しに近況をうかがう。

・「何も云うことはありません。ごくろうさんです。」と,自ら支援シートに記入。

第543回 阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集 2011/12/10 [神戸活動案内]

日時:2011年12月10日(土)午後1時~5時

集合場所、時間:三宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」
・午後1時に和室2の部屋にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709週末ボランティア代表:東條健司まで


前回の訪問は参加者7名でした。


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 尚、2012年1月14日(第2土曜日)午後2時~5時、神戸市勤労会館(JR三の宮の東南へ徒歩5分)
2階和室1にて、「阪神・淡路大震災17年目の週末ボランティアの会」を催します。
 過去の活動を振り返ってこれからの在り方を考えると共に、犠牲になった多くの被災者の霊を慰めたいと思います。
ぜひお出で下さいますよう、ご案内を申し上げます。
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第542回 神戸お話伺いメモ 2011/11/26 [2011年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,東灘区で全壊。被災時は6時間生き埋め状態だった。北区の仮設住宅を経てこの復興住宅へ入居して10年以上。「入居の時も,北区の仮設住宅からここまで,ボランティアの方々が助けて下さって,本当に有り難かったです。神戸だから,はじめて,ボランティアの基礎が固まって,人々を,今たくさん助けて下さっているのに,心から有難うといいながら,神戸に住んでいて,誇らしく,感謝しながら,生きて居ます…」と,手術後の不自由な手で支援シートに記入し,リハビリにいかれたため,お話し伺いはできず。(留守宅に投函する「留守シート」に,感謝とともにもっと暖かな言葉を添えればよかったと反省。)

・70代女性。西宮市で全壊。夫が退院して1年ほどで被災。大阪へ避難しているときに夫を亡くし,被災した家の取り壊し費用を負担したままに。大阪も気に入っていたが,子どもたちがこの復興住宅へ入れるように申し込んでくれていたので,神戸にきた。明日は子どもや孫たちと墓参りに行く予定とのこと。先端医療センターのおかげで早期発見早期治療ができた。

・70代男性,一人暮らし。中央区で全壊。壊れた家にしばらく住んでいたが,取り壊すことになり,近くの学校の避難所へ行き1週間過ごす。ポートアイランドの仮設住宅で3年あまり過ごし,この復興住宅へ。ここにはずっといられそうで安心している。一人暮らしが長いので,人が訪ねてくると緊張し,人と話していると息苦しく感じる。

・80代男性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊。避難所では中心になって世話をしている人が支援物資を横流ししているのを眼にした。仮設住宅に5年近くいた後この復興住宅へ。自治会長をしていたとき,近隣の人に電話番号を教えたら金を貸して欲しいとの電話が相次いで困った経験から「あまり入り込んではダメだ」と。「年寄りは生きていたらあかんのか!?」と,政治への不満をもらす。階下で私たちの到着を待っておられ,そのままお話し伺いに。

・80代女性,一人暮らし。中央区で半壊。近くの学校の避難所で5ヶ月ほど過ごした。この復興住宅へは竣工当初から入居。夫は震災前に亡くした。駅で新聞を売る仕事をしていたが,震災のために中断したのは1ヶ月間ぐらいだった。近くに住む息子さんが時折やってきて,夕食を共にしたり,泊まっていったりする。あまり病気はしておらず,不自由もない。お部屋に上がらせていただいてのお話し伺いに。

・70代女性。中央区で全壊。神戸で自立して生きていかねばと,食べ物の仕事に。はじめはパートであったが,勤め先を変えながら仕事を覚え,商店街で自分の店を開くに至った。店内はいつも満席状態の繁盛ぶりで,最盛期には6人もの男性従業員を雇った。そうした面白いように店が廻っていった,忙しかった頃が懐かしい。私たちが来意を告げると,歩くのに不自由を覚えるなかで,時間をかけながら玄関まで出てこられて,お話し伺いに応じてくださった。

・男性。「(夕食の準備で)火を使っているところなので」と,短時間で切り上げ。

・女性。若いので(震災のことは)解らない。

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