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第551回 阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集 2012/4/28 [神戸活動案内]

日時:2012年4月28日(土)午後1時~5時

集合場所、時間:三宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」
・午後1時に702室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709週末ボランティア代表:東條健司まで


前回の訪問は、参加者11名でした。

第550回 神戸お話伺いメモ 2012/4/14 [2012年神戸お話伺いメモ]

・60代女性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊。ポートアイランドの仮設住宅で3年7ヶ月過ごした後,この復興住宅へ入居して13年目。
夫(60代)は,糖尿病を患っており,体調が悪い。隣近所との付き合いはあまりない。市営住宅であるこの棟には自治会がないが,共益費は家賃とともに支払っている。

・女性,灘区で全壊。インターホンを鳴らすと,すぐに出てきたのは,無邪気な笑顔が可愛い,小さな女の子。続いて,未知の訪問者にたいして無防備にドアを開けたことをたしなめつつ,母親である若い女性が「母(少女の祖母)は元気です」と。
短いやりとりの中でも,少しは信頼関係が出来たのか,別れ際に少女がバイバイをしてくれた。

・60代男性,東灘区で全壊。被災以来長年の労苦のためであろうか,体調は思わしくなく,ストレスも高じている模様。そうした現状への憤懣や不安な気持ちを,誰かに向けたかったのであろう。
私たちの訪問においても,うかがう内容を正確に理解することも必要だが,そうした気持ちをぶつけてもらって受け止めることが,「心のケア」の基本であり,対話の出発点となるものであることを,改めて学ぶ機会となった。

・50代女性,中央区で全壊。文化住宅で被災し,仮設住宅になかなか当たらず,遠方への避難を余儀なくされた。借金返済のために,大阪府南部の仮設住宅から遠距離通勤しながら,百貨店での催事販売の仕事を続けた。
そうした無理がたたったのか,透析が必要とされる寸前まで,腎臓が悪化していた。体調が悪くなったとき,救急車を呼んで待つより早いと,自転車で病院の救急受付に駆け込んだことも。この日も貧血気味でしんどく,用事を切り上げて帰ってきた。訪問予定のお宅を順次訪ねた際はお留守だったが,帰宅されたのを見て再訪問し,玄関口でのお話し伺いに。
しんどいと座り込みながらも,ほとんど初参加のメンバーを前に,30分近くにわたって話し続けた。

・50代男性,一人暮らし。兵庫区で全壊。2階建てアパートの2階に居住,1階は全滅。「加齢の影響が一昨年より出現しました…95年を境に人生観・価値観が全く劇的に変わり,生きてる喜び,実感,将来を見つめる視点が失われました。人との交流が苦手になり…閉じこもりがちになりました…欲しいものや目標がなくなりました。
過去17年を振り返ると,避難所時代以外,記憶に残るものがありません…このインターネットの時代,スマホの時代に,インプットがほとんどなくなり,それでも平凡に生きています。震災後の苦労はありません…」<自身で支援シート一面にぎっしり記入>

・60代。「あなたたちのことは,よくわかっています。元気でやっています。」<インターホン越しに簡単なお話し伺い>

第550回 阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集 2012/4/14 [神戸活動案内]

日時:2012年4月14日(土)午後1時~5時

集合場所、時間:三宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」
・午後1時に701室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709週末ボランティア代表:東條健司まで


前回の訪問は、参加者9名でした。

第549回 神戸お話伺いメモ 2012/3/24 [2012年神戸お話伺いメモ]

・40代女性,一人暮らし。中央区で全壊。同区内の仮設住宅で4年過ごした。
数年前に脳梗塞で倒れ,療養施設で2年過ごした。年来の糖尿病もすすみ,半身不随となって,車いす生活。薬はちゃんと飲んでいる。成人・独立した娘(20代)が近くに住んでいるが,あまり訪ねてこない。
毎日,交替でヘルパーに来てもらって日常生活を送っており,私たちボランティアが訪問した際も,ヘルパーの助けを得ての応対だった。赤いマニキュアが印象に。

・30代男性。兵庫区で全壊。近くの学校に避難した後,父の会社の寮で避難生活を送り,仮設住宅には入っていない。被災当時は高校生だった。
飼っていた小鳥が,いつも早朝に鳴いていたのに,その日だけ鳴かなかったのを不思議に思ったことを覚えている。自分は大丈夫だったが,周囲には,震災のため就職や進学に影響が出た人も。長く派遣でいろいろなところで仕事をしてきた。なかなか採用されないところにもチャレンジして採用されたこともあったことで,前向きに明るくなれた感じ。
東日本大震災の後,一時は鬱のようにもなったが,宮城県の知人に何度も電話して無事を確認したり,水を送ったりする支援をした。

・「手が離せないが,元気です。」<インターホン越しに簡単な応答>

・「うちの人に聞いたら,何も用事がないとのことなので結構です。」<インターホン越しに簡単な応答>

・単車で出かけるところだったので,あいさつ程度のお話し伺い。

第548回 神戸お話伺いメモ 2012/3/10 [2012年神戸お話伺いメモ]

・40代男性,母(60代)と暮らす。須磨区で全壊。家族はみな無事だった。自宅は取り壊すことになり,母宅(中央区で半壊)へ一時身を寄せた。
この復興住宅へ入居して4年。自身は隣近所とあいさつする程度だが,母は上や下の階の人ともよく話している。きょうだいらも時々訪ねてくるので,母は寂しくないようだ。献血をよくする。何かの役に立っているかも。東日本大震災のことは,気の毒で,たいへん心が痛む。

・70代女性,一人暮らし。長田区で全壊。築数十年の古い借家で被災。襖などが倒れてきた下に埋まり,夫と交替で助けを呼び続けた。垂水区へ避難。避難生活は不自由なかった。家族とも無事で,母は90歳以上の天寿を全うした。
この復興住宅へ入居して13年。夫を此処で亡くし七回忌を迎える。離れて暮らす息子さんからのバースデーカード,長く交流を続けている香川県の高校生からのプレゼントや一緒に撮った写真などを見せてもらった。
長く地域で被災者支援に携わっている教員の指導のもと,大学生も訪れている。私たちも参加者全員でおじゃまさせていただいてのお話し伺いと交流に。

・80代男性,一人暮らし。灘区で全壊。「現在のところ私は見守り推進員ボランティアの訪問などを受けており,特に困ったこともありません。国が悪いのか,そういう世の中が悪いのか,私にも悪いところがあったのか。私には何も分かりません。成るようにしか成らないというのが,私の本音なのかもしれません。人に頼らず,自分で行けるところまで行ってみます。どうも有難うございました。」<自身で支援シートに記入>

・70代。中央区で全壊。「現在はまだ生活の為仕事をやっていますので今のところは特になにもありません。御苦労様でした。」<自身で支援シートに記入>

・70代女性。今から医師が往診に来るので待っている。話すのは苦手なので勘弁してほしい。脳梗塞をやったので気をつけている。

・今,病院から帰ってきたところ。<インターホン越しに簡単な応答>

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