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第600回、阪神・淡路大震災 お話し伺いボランティアの募集 [神戸活動案内]

日時:2014年5月24日(土)午後1時~5時
終了ミーテングは5時頃に終わります。

集合場所:JR三ノ宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」

時間:午後1時に7階の701室にご集合下さい。

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709
神戸・週末ボランティア代表:東條健司まで


お知らせ

今日5月24日(土)、神戸・週末ボランティアの第600回の訪問を記念して、訪問の後に集まりを持ちたいと思います。場所は神戸市勤労会館の4階406室にて。
時間は午後5時30分~7時30分までです。どうぞ多数お集まり下さい。

なお、神戸・週末ボランティアに“新生”の追記をしたグループは、神戸・週末ボランティアとは一切、何の関係もないものである事をおことわりしておきます。

第599回 神戸お話伺いメモ 2014/5/10 [2014年神戸お話伺いメモ]

前回の訪問は参加者4名でした

・60代女性、「元気です」と返答あり。

・70代女性。中央区で被災、全壊。震災では鼻を骨折。「思い出したくないので、これ以上話したくない」とドアホン越しに言われた。今は年金生活。元気そうでした。

・80代男性。ドアホン越しに「買い物帰りで疲れて、今横になっている。元気です」と言われた。お元気そうでした。

・70代女性。入居15年。灘区で被災し、全壊。当時、姉や姉の子供、母など6人で暮していた。震災の時、近くのお寺から爆弾が落ちたような音が聞こえ、崩れ落ちた。姉と二人で灘警察署に避難した。その後、中学校に5ヶ月間避難した。その後、この住宅に入居。5人姉妹の末っ子。2年位前、同居していた2番目の姉が突然部屋で亡くなった。姉3人は中国からの引き揚げ。昭和30年に広島から明石に来て、銭湯を経営されていたが、2年後詐欺にあい、廃業された。姉は広島、次姉は尼崎に住んでいる。ご自身も広島のご出身で、こどもの時に被爆し、ピカッ、ドーンと聞こえた。原爆の音と光線の記憶ははっきりと覚えているとおっしゃっていた。広島に墓があるので時々、墓参りに行かれる。ボケ防止に散歩したり、テレビの懸賞にも応募されているそうだ。週に2回、ヒザの治療に通院している。友達はいないが、姉たちとの交流は続いている。毎日、身の回りのことは自分でしている。三宮まで歩いて買い物に行かれる。今は一人暮らしで、月に4、5回ほど姪ごさんが尋ねてきて、今日も今から出かけるところだとおっしゃっていた。ここの住宅はとても良い建物ですが高齢者が多く、子供がいないので淋しいです、と言われた。震災の補助があるので家賃は安い。
訪問者の感想「お話しが聞けて、癒されました」「若々しい人でした」。「独身で生きてこられたので、肌がきれいだと思った」。

・80代男性。兵庫区で被災。

・70代女性。「今から人が来るので、ごめんなさい」とのこと。

・男性。「今、大事なことをしていて、手が離されない。明日にでも来てくれ」と言われた

・男性。「話はいいです。ありません」

以上

第599回、阪神・淡路大震災 お話し伺いボランティアの募集 [神戸活動案内]

日時:2014年5月10日(土)午後1時~5時
終了ミーテングは6時頃に終わります。

集合場所:JR三ノ宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」

時間:午後1時に4階の408室にご集合下さい。

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709週末ボランティア代表:東條健司まで


お知らせ

次回5月24日(土)には、神戸・週末ボランティアの第600回の訪問を記念して、訪問の後に、集まりを持ちたいと思います。場所は神戸市勤労会館の4階406号室にて。時間は午後5時30分~7時30分までです。どうぞ多数お集まり下さい。

なお、神戸・週末ボランティアに“新生”の追記をしたグループは、神戸・週末ボランティアとは一切、何の関係もないものである事をおことわりしておきます。

第598回 神戸お話伺いメモ 2014/4/26 [2014年神戸お話伺いメモ]

前回の訪問は参加者6名でした

・70代女性。兵庫区で被災。一部損壊。部屋にあげてもらいお話を聞く。現在は一人暮らし。震災当時、ご両親、弟さんと四人暮し。弟家族は現在、長田区で世帯を持っている。ご両親はお亡くなっている。ご仏壇にお母さんらしき人の写真があった。旧満州のお生まれ。家族で引き揚げてこられた。軽い認知症か、話が少々ちぐはぐしておられた。長らく美容の会社の経理をされていた。膝が悪く、動作がゆっくりしていた。草木の鉢植えを育てられ、テーブルにも花瓶の花がきれいに飾られていた(アイリスなど)。お買い物は近所の市場に行かれ、不自由はないとのこと。ヘルパーさんが来ているが話し相手程度。病院の院長さんも話し相手だと言われていた。友達もたくさんいて、あまり話すこともないが、と言われていた。

・70代女性。中央区で被災。半壊。公園で避難し、田舎に引っ越したり、半壊の家が住み続けることが出来たのでそこにいたり、3年前にやっとここを当てました、と言われた。家に関して、家の保障をしてくださったので、ここまで出来て幸運でした、と言われた。「お元気そうですね」と言うと、体操教室に通っていますとのこと。2、3年前に指の先を切ったので週2回リハビリに通い、病院は近くだそうです。70歳には見えず、お若く、生き生きと過ごしてられるようでした。訪問者の感想「お年をきれいに取られてました」。

・70代女性。ドアを開けてくださったが、「元気ですよ」と言われて部屋の中に入って行かれた。

・20代女性。留守だったが、エレベーターの中で会って「家族もみんな、元気ですよ」と言われた。

・70代男性。耳が遠くて、なかなかお話が通じなかった。灘区で全壊だったことなどは聞けた。

・50代女性。灘区で被災。一部損壊。5年前に入居。ご主人は3年前に癌で亡くなった。仕事は学校給食のパート。週3回、米飯、2回パン。米飯が増えているとのこと。東灘区の小学校に勤務。朝、7時に出勤し、土日祭日が休みでわずかの給料だが、頑張っているとおっしゃった。若くはつらつとした方だった。社会生活は順調のようだった。来客中だったが、快くお話してくださった。   

以上

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