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第542回 神戸お話伺いメモ 2011/11/26 [2011年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,東灘区で全壊。被災時は6時間生き埋め状態だった。北区の仮設住宅を経てこの復興住宅へ入居して10年以上。「入居の時も,北区の仮設住宅からここまで,ボランティアの方々が助けて下さって,本当に有り難かったです。神戸だから,はじめて,ボランティアの基礎が固まって,人々を,今たくさん助けて下さっているのに,心から有難うといいながら,神戸に住んでいて,誇らしく,感謝しながら,生きて居ます…」と,手術後の不自由な手で支援シートに記入し,リハビリにいかれたため,お話し伺いはできず。(留守宅に投函する「留守シート」に,感謝とともにもっと暖かな言葉を添えればよかったと反省。)

・70代女性。西宮市で全壊。夫が退院して1年ほどで被災。大阪へ避難しているときに夫を亡くし,被災した家の取り壊し費用を負担したままに。大阪も気に入っていたが,子どもたちがこの復興住宅へ入れるように申し込んでくれていたので,神戸にきた。明日は子どもや孫たちと墓参りに行く予定とのこと。先端医療センターのおかげで早期発見早期治療ができた。

・70代男性,一人暮らし。中央区で全壊。壊れた家にしばらく住んでいたが,取り壊すことになり,近くの学校の避難所へ行き1週間過ごす。ポートアイランドの仮設住宅で3年あまり過ごし,この復興住宅へ。ここにはずっといられそうで安心している。一人暮らしが長いので,人が訪ねてくると緊張し,人と話していると息苦しく感じる。

・80代男性,夫婦2人暮らし。中央区で全壊。避難所では中心になって世話をしている人が支援物資を横流ししているのを眼にした。仮設住宅に5年近くいた後この復興住宅へ。自治会長をしていたとき,近隣の人に電話番号を教えたら金を貸して欲しいとの電話が相次いで困った経験から「あまり入り込んではダメだ」と。「年寄りは生きていたらあかんのか!?」と,政治への不満をもらす。階下で私たちの到着を待っておられ,そのままお話し伺いに。

・80代女性,一人暮らし。中央区で半壊。近くの学校の避難所で5ヶ月ほど過ごした。この復興住宅へは竣工当初から入居。夫は震災前に亡くした。駅で新聞を売る仕事をしていたが,震災のために中断したのは1ヶ月間ぐらいだった。近くに住む息子さんが時折やってきて,夕食を共にしたり,泊まっていったりする。あまり病気はしておらず,不自由もない。お部屋に上がらせていただいてのお話し伺いに。

・70代女性。中央区で全壊。神戸で自立して生きていかねばと,食べ物の仕事に。はじめはパートであったが,勤め先を変えながら仕事を覚え,商店街で自分の店を開くに至った。店内はいつも満席状態の繁盛ぶりで,最盛期には6人もの男性従業員を雇った。そうした面白いように店が廻っていった,忙しかった頃が懐かしい。私たちが来意を告げると,歩くのに不自由を覚えるなかで,時間をかけながら玄関まで出てこられて,お話し伺いに応じてくださった。

・男性。「(夕食の準備で)火を使っているところなので」と,短時間で切り上げ。

・女性。若いので(震災のことは)解らない。
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