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第601回 神戸お話伺いメモ 2014/6/14 [2014年神戸お話伺いメモ]

前回の訪問は参加者9名でした

・80代女性。須磨区で被災。全壊。震災後、阪神沿線、東灘区、そしてここに12年前に入居。「よく通る声ですね」と尋ねると、詩吟の師匠とか。今もお友達が来ていて、教えていると言われた。一人暮らし。ヘルパーさんが来てくれている。娘さんもよく来てくれ、いろんな方が来てくれるのでお元気な様子だった。声を出すのはいいですね、と声を掛けると、「好きだから」と答えられた。足腰が弱っているが、気持ちだけは元気にされている様子だった。話の中で「いいお婿さん探してくれない。茶飲み友達を・・・・」と言われたのが印象的だった。「まだ1年、2年は生きてみたいな。その間によい人を探したいね」と元気なご様子でした。

・30代女性。明石で被災。本人も親戚も被害なし。10年前に入居。子供四人とご主人の6人暮らし。5歳の次女が一緒に出てきた。揺れた瞬間は寝ていたとのこと。幸せに暮している様子だった。

・25歳男性。加古川で被災。本人は被害なし。被災された時のことを教えて欲しいと訪意を告げると、「よいですよ」と気さくに返事され、話してくれた。地震の時は加古川で5歳だった。当時のことはよく覚えており、崩れそうになったタンスを母が支えている場面で自分が起きたこと、祖母から聞いたことなどを話してくれた。母方の祖父母が長田区に住んでおり、三階建て9戸の集合住宅で一階部分が半分つぶれ、その部屋の人は遺体の確認もできないくらいだったそうだ。祖母は当時、花屋をしており、花の仕入れの帰りに地震があり、目の前の高速道路が崩れ、家も店も近くのだ菓子屋さんも崩れたことを覚えているそうだ。祖母から聞いて今でもはっきりと覚えている。祖母の友達の息子さん(当時27、8歳)はトラックの運転手をしており、トラックごと高速道路につぶされ、遺体は寄合所に届いた。東日本大震災について何か思うことはないかと問いかけると、「自分自身でやれることはあまりないと思う。県や市がもっと何かできるのではないかと思う」「自然現象でどうしようもない」と答えられた。
 訪問者の感想「若い男性だが、率直で聞いたことによく答えてくださり好感が持てた」「震災後5年や10年ではここまで話が出来なかったのではないか。震災20年目にして初めて話ができた内容だと思います。多分、おばあちゃんから聞いたことですが、よくここまで鮮明に覚えているかと驚いた」

・70代男性。中央区のマンションで被災。全壊。部屋に全員があがりこんで、30分ほどのお話伺い。東灘区の仮設に2、3年いて、その後ここに入居。奥さんは20数年前に亡くなる。息子さんがポートアイランドのマンション、娘さんが姫路に住んでいる。一人暮らしだが、よく来てくれるので淋しくない。2歳の時から左足が小児麻痺で足がご不自由。今でもギブスをされている。紳士服の仕立てをしていた。中学を出て丁稚奉公、ずっとこの道一筋でやってきた。神戸で生まれ育った。血圧が高いので薬を飲んでいる。食事が一番大変。たまに弁当だが、自分でも作り、買い物は週に2、3回、原付バイクで行く。住宅での付き合いはエレベータ等で会った時に挨拶程度。趣味は映画で、金曜ロードショウが好き。ビデオの鑑賞も。100万円ほど投資した。
 訪問者の感想「上がらせていただき、生き生きとした表情でお話を聞けました」「きちんと生活されている様子で、室内も整頓されていた。穏やかに話をされていた」

・70代男性。ドアを開けて断られる。安否のみ。
・インターホン越しに「忙しいので」と断られる。
・女性。「取り込み中なので」と断られる。

・70代男性。中央区で被災。全壊。自転車で帰ってこられたところ。小学校で避難生活、ポーアイ仮設、そして15年前に入居。なかなか当たらず、通常の入居から少し遅れて7月に入居。近くの病院に通院。自転車で買い物に行き、自分で食事の用意もしている。はきはきした元気な方だった。

・70代男性。ドアが開いたが、寝ていたと言われ、すぐに閉まった。

・70代男性。ドアが開き、支援シートを渡されたが話もできた。支援シートには16日の署名「神戸で被災。(被災状況は)特に医療費が月に1万5千円かかる。健康状態が心配、頭のフラツキ気分が悪く、腰痛み強い。両肘のシビレ強く両肩の痛み強い」。兵庫区で被災。半壊。元気だと言われたが、昨日も医者に行っていたと言われた。腰痛、両肩の痛、シビレ等。一人暮らし。若いころから浜で仕事をしていた。震災後は、岸壁の瓦礫の撤去の仕事をした。その後、神戸の浜で仕事がなくなり、大阪へ仕事に行く。自分で買い物。支援は何もいらない、と語ってくれた。

・50代男性。入居14年。15分の訪問。永住権を得て、子供一人、奥さんと三人暮らし。震災の年に日本に来て、4月から大阪大学に入学。専攻は経済学。今は大阪の携帯電話の会社に就職。震災の時いろんな人に助けてもらい、自分も人の支えになりたいと思っている。子供にもそう言っている。東北の震災があった時、自分も義捐金を送った。訪問者の感想「自分の価値観できちっと生活されておられると感じた」

・50代女性。中央区で被災。大きな建物の裏の団地だったが、中はぐちゃぐちゃ。会社関係の家に入居。5年前に入居。土日の午後11時ころに暴走族がうるさい。生活はとても不便。足が悪く、脳に障害があり、発作があるので電動車いすを使用されている。 訪問者の感想「外で話をしたが、しっかりされている様子が見られ、気持ちが張っているように見受けられた」

以上
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