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第555回 阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集と「総会のお知らせ」 2012/6/23 [神戸活動案内]

[週末ボランティアの総会は、6月23日(土)に、訪問終了後の午後5時~7時、同じ神戸市勤労会館の702会議室にて行います。
普段おいでになれない方も大勢参加して下さい。] 

第555回、阪神・淡路大震災 傾聴ボランティアの募集

日時:2012年6月23日(土)午後1時~4時

集合場所、時間:三宮駅から南東徒歩5分「神戸市勤労会館」
・午後1時に702室にご集合下さい。

訪問先:神戸市中央区、HAT神戸・脇の浜住宅

ご連絡は電話078-734-6544、携帯090-8121-9709週末ボランティア代表:東條健司まで


前回の訪問は、参加者6名でした。

第554回 神戸お話伺いメモ 2012/6/9 [2012年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,一人暮らし。中央区で全壊。文化住宅の1階で被災,タンスが斃れてきて,首の骨がずれた上,腰もやられて動けなくなり,どうやって逃げようかと思った。ひとまず車に避難した。神戸市内や西宮市に住んでいる息子たちが,単車や自転車で来てくれたので,心強かったが,所帯を持っている子どもたちに期待し続けるのは難しいと思った。近くの小学校に避難している頃,あちこちで仮設住宅が建ち始めたが,何度申し込んでも当たらなかった。
震災から今までずっとリハビリを続けている。白血病ながら土木の仕事を続け,震災時は入院中だった夫は10年ぐらい前に亡くなった。震災のことは聞いてほしくない,あのとき死んでいたらよかったと,今でも思う。

・70代女性,中央区で被災。企業の寮で寮母の仕事をしていて,震災にもそこで遭った。食料などにも困らず,社員たちをみな無事帰すまではと頑張ることが出来た。あの頃は若かったので,不眠不休で頑張れた。震災のおかげで自分は成長したと思う,人の気持ちが解るようになったと,時折涙ぐみながら話した。
この復興住宅に入ってからは,人との関係がよくなるようにと努力している。若い人には,人に感謝する気持ちをもってと伝えたい。以前の訪問時には話せなかったが,今回は話したいと思えるようになり,話すことが出来た。

・50代男性,長田区で全壊。近くの小学校の避難所がいっぱいで困っていたら,どこかのお坊さんが交渉してくれたおかげで,神社に避難でき,今でも感謝している。冷たいながらおむすびをたくさん戴くことができ,雑炊も振る舞ってもらった。仕事もなくなり頭が真っ白になる中,大阪府に避難先と仕事を見つけて移った。
妻が神戸に帰りたいというので,ハローワークに行ったら,自分にあった仕事を選べず,いろいろなパートをしていたが,ひどいものだった。
夫婦それぞれが糖尿病などの病気を抱えていて,車の運転をひかえ,仕事も余り出来ない中,家事を引き受けている。

・60代女性,灘区で全壊。被災後は実家に避難した。元気です。昼寝の途中だったところを訪問。程なく電話がかかってきたため,お話し伺いを切り上げた。

・60代女性,中央区で被災。区内の小学校に避難し,この復興住宅には入居して13年。「病気なので…」とドアを閉め,短時間のお話し伺いに。

第553回 神戸お話伺いメモ 2012/5/26 [2012年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,夫婦2人暮らし。灘区で全壊。近くの学校に避難した後,加古川市の仮設住宅へ。仮設住宅にいたときは,駅まで歩いて20分もかかるので,しんどかった。
民間賃貸住宅を経て,この復興住宅へは竣工間もなく入居,以来13年に。まあまあ近所づきあいはある。

・70代女性,一人暮らし。兵庫区で全壊。出勤途中,高速神戸駅で地震に遭い,陥没したところや周囲から倒れてきそう建物がある道路を歩いて家まで戻った。近くの小学校の避難所に8月まで居た後,ポートアイランドの仮設住宅へ。大規模な仮設住宅で,隣の物音も筒抜けで,とくに暑さ寒さは仮設住宅の方が辛かった。仕事はポートアイランドでしていて,震災後1月ぐらい休ませてもらった後,再開した。
この復興住宅には竣工間もなく入居。住宅の北側には,高速道路が走っているほか,入居当初は貨物列車も走っており,うるさく寝られなくなった。震災前に居たところが静かだっただけに,かなり心身にこたえた。その他は特に身体の具合は悪くない。

・80代女性,一人暮らし。灘区で半壊。近くの学校に避難した後半年ほど長男宅に。夫は大工で,自分が手掛けた被災家屋の修理に忙しく,過労のためか,震災3年で亡くなった。
この復興住宅に入居して12年ほどになるが,ここにいる人とは,だんだん交流を広げている。最近,足腰が痛いが,こけたら誰かの世話にならないといけないので,何とか一人で頑張っている。

・70代女性。灘区で全壊。早朝勤務のため4時半に家を出て,震災の時は大阪の勤務先に。すぐに家に戻ろうとしたが,国道2号線を歩いて,8時間以上かかった。
大阪に1年居るなどした後,この復興住宅に入居して13年。今では近所の方とコミュニケーションを取って,カラオケを楽しんだりしている。

・70代女性,一人暮らし。灘区で全壊。東灘区の公共施設の避難所で4ヶ月過ごした。ポートアイランドの仮設住宅を経て,この復興住宅へは竣工当初から入居。
8年前に夫を亡くし,一人暮らしに。心臓の手術をした後は,ほとんど寝て過ごしていた。
「自分で今が一番いいと納得しなくては生きていけませんね」と前向きに。

・70代女性,一人暮らし。灘区で全壊。近くの集会所に避難した。高血圧だが,身体に合う薬を飲むようになって,今ではかなり下がってきた。普段はこむら返りがよく起こり,歩きにくくなる。
出かける前に自転車を止めて,立ち話をさせていただく。

・「ボランティアご苦労様。元気に過ごして,今日はハイキングに出かけております。」<自身で支援シートに記入>

・「全員,健康は良好です。子供(小・中学生)もだんだん慣れてきて,学校へも楽しく通っています。」<自身で支援シートに記入>

・70代女性。ドアは開いたが,体調が悪いとのことので,「今,起きていられない。ごめんなさい。」と,閉められた。

・「ちょっと忙しいので…」<インターホン越しに短い返答>

・男性。ドアは開いたが,「もういい」と,閉められた。

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